大辺路街道
更新日:2024年03月17日
熊野古道といえば、一般的に山間部を通る中辺路街道が有名ですが、田辺市から中辺路ルートと分かれて海岸に沿って進むのが大辺路街道です。
大辺路街道は田辺市から白浜町富田を経て日置地区三ヶ川に至り、安居(あご)で日置川を渡り、すさみ町・串本町を経て那智勝浦町で中辺路街道と合流する、海岸線を通る熊野古道です。
海岸線を通るといえども、日置川からすさみ町の海岸は「枯木灘海岸」といわれる断崖と荒磯が続くため、険しい山越えの路が続きます。
熊野参詣の人々が少なくなった後も、現在の国道42号線が整備されるまでは海岸線を通る生活路として使われていました。しかし、王子社などの史跡が少なく、現在の国道42号や鉄道の建設にともなって次第に使われなくなり、ルートが分からなくなってしまった区間も多くなっています。
富田坂
富田坂は、白浜町富田の草堂寺を左折したところから山道となる。この小坂を越えると一里松塚があり、上ノ谷へと出る。現在古道は林道として拡幅されていて、蛇行しながら谷の奥へと続いている。
やがて林道は終点となり、急な登りの坂道となる。坂の途中には、美しい海を望める景観の良い地点がある。この坂道を登りきると、なだらかな起伏が続く自然林沿いの道となり、峠の茶屋跡を経て、白浜地区と日置川地区の境界の辻松峠に達する。辻松峠から左に少し登ると、三ヶ川方面からの林道と交差し、ここから拡幅整備された林道となる。林道は蛇行しながら急傾斜で三ヶ川の谷奥へと下っている。
やがて三ヶ川の川沿いの道となり、日置川との合流点に到達する。古道はここの三ヶ川橋の北の安居坂(今は破壊)を越えて安居へと続いていた。安居は大辺路街道の要地で、伝馬所なども設けられていた。安居の集落の東方を日置川が南流していて、渡し場があった。
登り口の石碑群
辻松峠の地蔵
庚申塔
富田坂茶屋跡
梵字塔
仏坂
仏坂越えの道は、安居の対岸の方の渡し場跡から、すぐ急坂を登り、しばらく尾根道が続いて、すさみ町太間川の入谷に降りる。この仏坂の古道は、途中での林道の横断を除けば、開発の手が入っておらず、古い面影を残しているコースである。登りにかかる際、安居の渡し保存会の方々が日置川を舟で渡してくれる。
坂道を登ったところが桂松跡で、ここが和歌山から25里(100キロ)の一里塚の地点だったようである。茶屋跡、日置川の河口の望めるところ、大木の桧林群などがあり、特に石仏の不動尊のあるあたりから入谷への降り道は、自然林が残り石畳なども見られる。
入谷からは古道は消え、太間川に沿う県道になっているが、所々に石塔や地蔵などが立っている。やがて周参見川の川岸に出て、周参見王子神社に達する。
仏坂
不動尊
地主社
周参見王子神社